J462ブログ

2006-10-28

カラオケ

金曜日の晩だ。夕食の後、ブログのエントリーを書かなくっちゃなと思い、コンピュータを開けて、さて、今週はどんなことを書くかなとあれこれ考える。今週はどんな一週間だったか思い出してみたりする。5年生のあいつらは、今頃何をしているのだろうかと、ふと考える。「ハロウィーン大好き」のカッパは、一足はやいハロウィーンパーティーへ出かけたかもしれないな。いや、今日の「金曜会」の後、教室に残って外の学生と話してたから、「坊ちゃん」や「少し」と一緒に食事に出かけたかな?ワンさんや呂さんも一緒だったりして。と言えば、「ウィークデーは勉強に集中して、金曜の晩は思いっきり楽しむ」キムさんは、今頃、もしかしたらカラオケへ出かけたかもしれないな。

日本でサラリーマンをしている頃は、本当にカラオケによく行った。金曜の晩はもちろん、週の真ん中でもよく出かけた。上手いか下手かは分からないけど、嫌いではなかった。「今晩ちょっとシャウト(shout)しようか?」というのを合言葉に、仲の良い先輩と歌いにいったものだった。この先輩、お酒はそれほど強くはなかったが、歌は抜群に上手かった。二人で個室にこもり、朝方まで歌い続けた。また、カラオケでつながりを深めたお客さんもいた。その人は優秀なエンジニアなのだが、学生時代はバンドマンで、真剣に音楽で身を立てることを考えていた人だった。当然、歌は上手かった。私の知らない歌、しかも、こんな歌を歌ってみたいなあという歌をよく知っていた。時々、これを歌ってくださいとリクエストすることもあった。まあ、この二人は別格だとしても、サラリーマン時代に一緒にカラオケをした人で、下手だなあと思った人はいなかったような気がする。

サラリーマン生活の最後の2年はコネチカット州を拠点にして過ごした。この間、合計5ヶ月ほどコスタリカで仕事をした。あちらの人々は本当にみんな気さくで人なつこかったので、すぐ打ち解けて、ほとんど毎週金曜には一緒にバーへくり出して騒いだ。そんなある金曜に、「お前もカラオケするのか?」とたずねられた。「もちろん大好きだ」と答えると、「よし、じゃ、今夜はカラオケだ!行くぞ!」ということになった。いつものバーの前を通り過ぎて、「さあ、着いたぞ。ここだ。まだ時間が早いからすいてるけどな」と言われて入ってみると、だだっ広いダンスホールみたいなフロアに、ちょこんとステージが作ってあって、マイクスタンドが2本立っていた。なんとなく、日本のカラオケボックスのようなものを想像していた私は、ちょっとびっくりして、「ひょっとしてあそこで歌うのか?」と聞くと、外にどこで歌うって言うんだよという感じで、「もちろん」と言われてしまった。「あんなところで、しかも、全然知らない人の前で歌わなけりゃいけないのか?!これは大変なことになったぞ…」。仲間の一人がビールを持ってこっちに戻ってくると、音楽がスタートした。彼はビールを一息「ぐいっ」とやるや、ステージに駆け上がって歌い始めた。

はじめ、私は、彼がふざけているのだろうと思った。初めての場所に連れて来られて、なんとなく緊張している私を、おどけて和ませようとしてくれているのだろうと思ったのだ。(彼らはほとんど例外なく、みんな良いやつらで、実に思いやりがあった。)しかし、彼は大まじめだった。真剣に歌っているというのがすぐに分かった。それがどんなメロディーだったか、今はもう覚えていない。念のためにいっておくが、ここでメロディーというのは、彼の声によって形作られているものではなく、熱唱する彼の後ろで流れているカラオケのことだ。彼は、全身をゆすりながら文字通り「シャウト」していた。しかし、そこにメロディーと呼べるものが見つからないのだった。「なんじゃこりゃ~?」ふと横を見ると、仲間達は音楽(カラオケの方だと思う)に合わせて、踊りだしているではないか。そのうちの一人などは、すでに店の女の子と手を取り合って、ステップを踏んでいる。入り口に目をやれば、外のグループがぞろぞろ入ってくるところだった。バーカウンターの方に、二言三言声をかけると、彼らも、次々フロアに進み出て、踊りだすのだ。私以外はみんな踊っている。しかも、こんな歌でよくこんなにというくらい、すばらしいダンスなのだ。みんな実に楽しそうだ。誰の表情にも、楽しくって仕方がないという気持ちがはっきり現れている。ステージの上でまだ「シャウト」し続けている彼を見た。すると、彼の顔もフロアで踊っているみんなとまるで同じなのだ。何か、からだの中からこみ上げてくる、おさえきれない喜びのようなものを味わっているようだとでも言おうか。間違いなく彼らはみんな、からだ全体で音楽を楽しんでいるのだということがはっきり分かった。ステージから彼が降りてきて、もう一度乾杯をすると、もう次のお客が歌い始めていた。「マカレナ(Macarena)」だった。ちょっと太めの女の人二人だったが、これもまた、彼に輪をかけてすごい「シャウト」なのだ。日本ではまずお目にかかれないレベルだ。一言で言ってしまえば、「スーパー音痴」。でも、彼女達の顔ときたら、思わずこちらもうれしくなるくらいなのだ。今度は私もフロアのみんなに混じって「ヘ~、マカレナ」と踊ってみた。楽しくなってきた。恥ずかしさが消え、笑いさえこみ上げてくるのだった。

この後も、次から次へといろいろな人がマイクの前に立ったが、正直、ほとんどみんな上手くなかった。確かに、中には「ほー」と思わせる人もいないではなかったが、押し並べてみんな下手だったと思う。私が日本で一緒に歌った誰よりも「下手くそ」だった。というより、上手いか下手かなんて、きっと彼らにはそれほど大切なことではないのではないか。日本でカラオケボックスに通っていた頃の私は、歌は正しい音程でメロディーに忠実に歌うのが大切だ思っていた。でも、コスタリカのカラオケバーでの経験は、「上手く歌うこと」を心がけ、「他人に聞かれても恥ずかしくないように」と背筋を伸ばすことで失ってしまっていた、「まず音楽を楽しまなくっちゃ!」という気持ちを教えてくれた。日本人はコスタリカの人たちより、歌は多少上手いかもしれない。しかし、残念ながら、音楽をからだ全体で楽しむということではコスタリカの人たちの足元にも及ばないのではないだろうか。

6 Comments:

At 月 10月 30, 12:08:00 午前, Blogger Chun-Yu Lu said...

コスタリカにもカラオケがありますね。びっくりしました。でも、カラオケボックスではないなら、恥ずかしいので、歌うことを楽しめないかもしれません。

 
At 月 10月 30, 01:45:00 午前, Blogger Brad said...

日本へ行く前に、私のカラオケのイメージはバーのカラオケでした。だから、他のKCJSの学生が「カラオケへ行かない?」と誘って、私の答えはやはり「歌うのはすごく下手で、人の前に歌うのはちょっと」でしたが、「皆が下手で、私達だけなので、してみて」と返事しました。楽しくて、中々好きになって、一ヶ月の中にせめて二回カラオケをしたことになりました。

でも、大勢の前はまだ駄目です。

 
At 月 10月 30, 02:06:00 午前, Blogger ライオンズ said...

私も日本に\行く前に、恥ずかしくて、カラオケに行けないと思っていました。でも、友人ばかりで、恥ずかしいことがないので晩から朝まで楽しめたのです。今も、時間があったら。。

 
At 月 10月 30, 02:11:00 午前, Blogger ランディー said...

そうですか。二つの異なったカラオケ文化の異なった長所をお見つけになったようですね。すごいですね!

私はうまく歌えないので、無理にきれいに歌おうとしたら、ばかばかしく見えるだろうと思って、思いっきりわざと下手に歌うことが好きになりました。若者の友達と一緒にカラオケする場合では、そういうスタイルは大丈夫でしたが、この夏休みに滋賀県のホームステーのお母さんと一緒にカラオケ喫茶でそんな風に歌って、お母さんが少し恥ずかしくなりそうでした。お母さんがいつもものすごくまじめに、上手にえんかの歌を歌ったのです。

 
At 月 10月 30, 09:33:00 午後, Anonymous 匿名 said...

コスタリカ人だけでなく、よく知りませんが、アメリカ人もそうだと思います。セイントルイスにある唯一のカラオケに行くとアメリカ人はやっぱりホールで皆が見ている中で歌が上手か下手かは関係ずに本当に楽しむのを見ました。しかし韓国人とか日本人は歌を正しい音程でうまく歌うのが大切だ思っていますね。わたしも多分そうだと思いますが。。。でもカラオケはどうしても楽しいです!

 
At 月 10月 30, 09:37:00 午後, Anonymous 匿名 said...

それと!私やっぱり金曜日カラオケ行ってきましたねー>_<!!

 

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