瞬間の永遠
私はワンダフルライフが死後の世界についての映画より、過去の記憶についての映画と思います。是枝裕和監督は多分死亡と死後の世界について描写するより、 人々はどのような気持ちで自分の過去のことを選んで記憶することを考えるようです。つまり、どのようなことは人間にとって一番大切なことで、永遠になれる という質問を考えているようです。要約すると、ワンダフルライフの「キーワード」と言えば、記憶・選択・永遠だと思います。
過去の大切な 記憶を選択するのが永遠を構成します。人々によって、永遠というのは違いことです。人々の選択は違ってもかまいませんが、選択の基準は大体 「愛」と言えるでしょう。夫婦の愛とか親子の愛とか航空への愛とか自然への愛とか、色々な愛があります。というと、愛は永遠を構成しています。
一 方、永遠という存在はいつまでも不変なことですから、時間を中断して状態を変わることと対比しているわけです。しかし、永遠の意味は「中断」と「変化」 を対照しなければ定義できません。だから、「永遠」と言いながら、「中断」と「変化」の意味も同時に暗示しています。永遠というのは、実は現実の人間の時 間を中断して、生命の状態を変わって達成します。時間の連続や中断、状態の不変や変化の限界を超えるのは、愛の瞬間だけでしょう。
もし愛を見つければ、永遠の所に行けます。戦争時に兵隊になって死んだ男も婚約者の愛の瞬間を見つけれて、永遠の所に進んでいました。
さて、是枝監督のほかの映画もいいですね。「誰も知らない」という映画を見たことがありますか。

5 Comments:
「誰も知らない」も見ましたが、それ以外見ていません。実は「ワンダフルライフ」は「誰も知らない」よりいいと思いますが、それは別なことですね。
とにかく、選択の基準は愛と思いません。実に「幸せ」だと思います。
良い説明にならないかもしれませんし、そして簡単すぎるとちょっと思いますが、私にとっては、「愛」なら自分の気持ちなどより、ほかのもの・人を重んじることです。すごい気持ち、愛。だから愛では幸せも苦しみもあります。一方、「幸せ」ならそうではない。「幸せ」では愛のようなほかのもの・人の関係は必要ではありません。
映画では、愛の幸せの記憶を選んだ人がいましたが、花を見ること、踊ること、飛行機で飛ぶことを選んだ人もいました。その人たちはその活動への気持ちは愛だったかもしれませんが、その自分のその活動への気持ちより、その活動に浮かばれる気持ちによって選んだと思います。それは多分「愛」でなく「幸せ」だったと思います。どうでしょうね。
とても面白いエントリーですね。やはり呂さんの書いた通り、人間の人生の様々な記憶の中で、どれが一番大切で永遠になれる質問(とその一人一人の人によって違う答え)についての映画ですね。
「永遠」と「中断」と「変化」との関係のこともすごく面白いと思います。
面白いですね。みんなやっぱり愛についての記憶を選びましたね。しかし私はいつも愛というのは永遠になれないものだと思っていました。大体いつからそのように思い始めたかは覚えませんが、人の心は呂さんが言ったように「変化」します。その理由で、愛というのは永遠のものではないと思います。その感情が誰に、何に対しての愛かは関係ずにいつか人間の心は変わると思うからです。それと愛というのがいつも幸せなものではないと思います。ですので、愛というのが永遠に記憶に残るとは思いません。
映画を見ているとき、みんなの選んだ記憶は「愛」と関係あったとは思ってなかったけど、それはそうですかね。だけど、ライオンズさんの言ったこともわかりますけど。
「誰も知らない」を見たことがないのだが、「ワンダフルライフ」を見てから見たくなりました。
呂さんの解釈は本当に面白いと思います。何とか決まり文句のようなことなのですが、多分愛は記憶では最も大切で、力がある感情と言えるでしょう。だから、何かに関しての愛を選ぶのは当然かもしれません。今選ばなければならなくなったら、私も愛と関係ある記憶を選ぶと思います。
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