J462ブログ

2007-04-01

ワンダフルライフ

ワンダフるライフ
この映画を見ているときずっと一つのことを考えた。どうして幸せだった記憶を一つしか選べないのか。確かに映画の目的は人間の人生を振り返って自分が持っている追憶についてもう一度考えさせることだと思う。しかし、私にとって幸せだった瞬間や記憶は色々あるし、一つだけ選ぶのはできない。追憶というのがあるから人間は自分の過去を思い出すことができると思う。私にとって一番大事にしているものは私の家族、友達、将来の夢、それで追憶だ。そのため私には一つの瞬間を一番幸せだった記憶と定義するのが不当なのだ。ひょっとしたら、まだ一番幸せだったといえるほどの経験ができなかったからかも知れないが、確かに私は今持っている追憶を全部貴重にしている。一つの記憶だけを選んでそれを映画化するのはその記憶をずっと覚えるようにしてくれるはずだ。つまり、人生では忘れてしまいたい記憶や不幸だった瞬間がもちろん誰にもあるが、一つの記憶だけのためにほかの記憶は全部なくなるのはいやだ。一つの幸福な思い出を永遠に持つとともに不幸だった瞬間の過去は永遠に消される。しかし、映画でも言ったように記憶というのは結局心に残っているイメージのようなものだけなのに映画で再生するという行為に何の意味があるのだろう。私にとって追憶というのは頭で考えるものでなく、そのころの懐かしさを心で覚えて感じることだと思うからそのころを映画で再生するのには意味がないと思う。それと一つだけの記憶を選ぶのはまったく反対だ。

6 Comments:

At 日 4月 01, 11:28:00 午後, Blogger ランディー said...

少し聞きたいのですが、人生からの一番大切な記憶というのは必ず一番幸せな瞬間だというわけでしょうか?

違う話しになりますが、キムさんが「私にとって追憶というのは頭で考えるものでなく、そのころの懐かしさを心で覚えて感じることだと思うからそのころを映画で再生するのには意味がないと思う。」と書きましたね。そうですね!私もそう思いますよ!!「ワンダーフル・ライフ」を見ていた間に「私だったら、何を選ぶかなー」と考えていて、思い出した記憶はどれも心の感情が強かった記憶だったので、もしそれを映画にしたら、感情の体験ができなくて意味がなくなるだろうと思いました!

 
At 日 4月 01, 11:57:00 午後, Blogger ライオンズ said...

記憶を再現する映画は不十分ですね。そして映画でなく、その瞬間を完全にまた体験することも足りないかもしれません。だから、私なら選ぶのは命の最後の瞬間かもしれません。その瞬間にまだ全部の幸せの瞬間も覚えるからです。でもその瞬間に人生の全部の不幸な瞬間も覚えるのですね。やはり難しいですね。

 
At 月 4月 02, 01:01:00 午前, Blogger Chun-Yu Lu said...

そうですね。一つだけの記憶を選んではあまり人生の実況を反応できないでしょうね。そして、その一つの記憶したい瞬間を選んでは本当の幸せですか。

 
At 月 4月 02, 11:45:00 午前, Blogger Brad said...

そうですね。見ていた時には一つだけの記憶を選ぶのは足りないということについて余り考えなかったのですが、多分金さんが言う通りです。私の考え方はもっと仕方がないので、実は私はどの記憶を選ぶことがはっきり分かると思います。やっぱり選ぶ必要はなくて、その所で働くことが出来るのですが、それは私にとって嫌な感じがあると思います。

 
At 月 4月 02, 02:35:00 午後, Blogger ワン said...

キムさんの言ったことは確かにそうだろうと思います。一つの記憶だけを選んで、再生するのは不可能で、それから無意味なんですけど、映画でただある人の心の感じることを聞いてはちょっと物足りないとも思っています。

 
At 木 4月 05, 09:05:00 午前, Blogger Aridome said...

本当だよなあ。単純な私は、「思い出を一つだけしか選べない」という設定をそのまま受け入れて、この映画を観るたびにいろいろ考えてたんだけど、これって難しすぎることだよね。映画の中では、天国も地獄もないということになっているけど、考えようによっては選ばなければならないという状況自体が「地獄」だったりして…。

 

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