J462ブログ

2007-03-10

至誠の姿勢

キャリーさんから借りてくれた「憂国」の映画のDVDを見ました。本当に面白い映画ですね。キャリーさん、ありがとう!

実はキャリーさんの発表のPOWERPOINTを見て、なんてその映画の画面はものすごく簡単だとはちょっと変だと思いました。家具とか普通の家の装飾と か何もないし、そして話すこともないし、「至誠」の書道だけあります。かなり1920年代の無声映画のような感じがしました。しかし、その「憂国」の映画 は1966年に公開されました。まあ、時代遅れの無声映画ですか?

映画全部を見て、時代遅れじゃなくて、芸術のために、極めて簡単的な設計で、三島由紀夫の美学を伝えるようです。残念ですが、日本の芸術や映画をあまり研 究しないから、よく分かりません。しかし、欧米の芸術のカテゴリーといえば、モダニズムの特徴があります。というのは、形式の美を極めて重視することで す。

まず、「憂国」はあまり筋がなくて、ほとんど掛け軸に書いた文字で筋を紹介します。掛け軸と文字の形式は内容より大切なものです。掛け軸の展開を従って、 視聴者は時間と空間の流れを従うことができます。そして、話すことがないですから、視聴者は言葉の意味を注意しなくてもいいし、画面の美だけを注意するこ とができます。「憂国」の一つ一つの画面を分析すれば、構図はよく計算して作ったそうです。例えば、主人公の武山と妻の性愛の場面は性欲より、芸術の美を 伝えたいそうです。二人の体は彫像のような姿勢をとっている。つまり、二人の性愛は動作より静止した画面を作りました。だから、性愛の画面があるですが、 性欲は画面の中心ではないのに対して、体の美はその中心だと思います。

だから、憂国という映画は国への「至誠」を表すより、形式の美に捧ぐような姿勢をとると思います。

さて、ご存知の通り、「憂国」の小説は英語でpatriotismと英語で翻訳されましたね。その翻訳はどう思っていますか?patriotismといえば、愛国ではないでしょうか?

7 Comments:

At 土 3月 10, 09:00:00 午後, Blogger ライオンズ said...

Patriotismというのは、愛国という意味も憂国という意味もあります。でもpatriotismというと、どちらの意味を使っているとは微妙なことですね。憂國の翻訳を読む前に、どういう意味があるかとは分かりませんが、多分、普通の人は愛国という意味だと思われると思います。

 
At 土 3月 10, 10:41:00 午後, Blogger Brad said...

このコメントは投稿者によって削除されました。

 
At 土 3月 10, 10:42:00 午後, Blogger Brad said...

呂さんが面白い映画だと言って、よかったのです。本当に無声映画のような物ですね。その映画の情愛の場面は芸術のことが非常に大切なのですが、私は「憂国」を見る度に、その場面はとても変なような感じがあると思います。なぜか全然知らないのです。

 
At 日 3月 11, 09:09:00 午後, Blogger Aridome said...

さすがは小説家にして比較文学先攻の呂さん、面白いポイントをついていますね。
「憂国」という言葉ですが、これは、国を憂うこと、つまり、自分の国はこのままで本当に大丈夫なのかと、切実に問う気持ちですよね。このような気持ちは、愛国心のある人間出なければ持てないものです。だから、英訳も、それほど悪いものではないかもしれませんね。

 
At 日 3月 11, 09:11:00 午後, Blogger Aridome said...

言い忘れましたが、至誠の姿勢とはうまい題を付けましたね。しゃれですな。

 
At 日 3月 18, 10:42:00 午後, Blogger ランディー said...

そうですね、「patriotism」という言葉は「憂国」と少し違う感じですね。でも仕方がないと思うし…。ANELLの翻訳の授業にこんな問題がよく出てきますが、一つの決まった答えはありませんねぇ。

 
At 月 3月 19, 06:04:00 午後, Blogger ワン said...

↑それはターゲット・オーディエンスによるものですからね、とは常の答えなんですけど。

では、英語で「国を憂う」によく当てはまる言葉はないでしょうか。

 

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