『もう一つのワンダフルライフ』
みんなのエントリーやコメントを読んでいるうちに、ふと、自分がもし、この『ワンダフルライフ』のリメイク版を作るとしたらどうするだろうと考えた。もちろんいろいろな意見もあるだろうが、私は、この映画はとてもよくできたものだと思っている。が、そこをあえて、自分が撮りなおすとしたら、どんな映画にするだろうかとあれこれ考えてみたのだ。今日は、そのことについて書いてみたいと思う。
もし私が『ワンダフルライフ』のリメイク版を作るとしたら、私は渡辺さんに焦点をしぼって、ストーリーを書き換えるだろう。なかなかこれだという思い出が見つからず、自分の人生の記録ビデオを観ることになった爺さんが出てきたのを覚えているだろう。彼が渡辺さんだ。私は渡辺さんが、先に亡くなった妻の選んだ思い出の再現フィルムを見てしまうという形にストーリーを変えてみたいと思う。大体の流れはこんな感じだ。
渡辺さんは相談員との面接で、自分の人生はそんなに悪くはなかったはずだし、自信のようなものがあると思っていたのに、何かが足りない気がする。何か、生きた証のようなものを残したいと語る。その後いろいろ考えても、これだというものが思いつかず、相談員の勧めで、人生の記録ビデオ74本をすべて観るのだが、それでも、彼は「あっち」に持っていく思い出を選べなかった。そこで、彼は、はたと気がつく。「そうだ。あいつはどうしたんだろう?」と。先に亡くなった妻が選んだ思い出をもとに、自分が「あっち」へ持っていく思い出を考えたいので、と相談員に頼みこんで、妻の選んでいった記憶を見せてもらうことにした。しかし、妻が選んだ記憶というのは、戦争で亡くなってしまった婚約者と幸せそうに公園のベンチに座っているというものだった。つまり渡辺さんは、自分の妻が最後に選んだのは自分ではなかったと、はっきり知ることになるというわけだ…。
確かにこの渡辺さん、夫としてはとんでもないやつであった。奥さんに対して優しい言葉をかけたり、思いやりをもって接したことなどなさそうだ。記録ビデオの中でも、食事中、奥さんの問いかけにもろくに答えず、新聞を読みふけるシーンが延々と続く。ご飯を用意してくれた奥さんに感謝の気持ちを表すどころか、奥さんなどまるで存在しないかのような態度。まあ、昔の日本にありがちな亭主だったのだが、今の時代なら離婚されても仕方がないような爺さんだった。恐らくこの爺さん、奥さんが生きている間ずっとこんな状態だっただろうから、奥さんに自分の思い出を選んでもらえなかったからといっても、それは自業自得というものだろう。自分が妻を少しも大切に扱ってはこなかったことを考えれば、当然の報いだとあきらめるしか外にない。今さら後悔しようにも、もう人生は終わっているのだ。でも、それでも、本当に後悔せずにはいられるだろうか。
死んだ後に、妻を大切に扱ってこなかったということを、自分はいい亭主ではなかったということを、例の記録ビデオで何度も確認させられた挙句、妻は、はるかに長い時間をともにした自分との思い出ではなく、若くして亡くなった婚約者の方を選んでしまったという事実を突きつけられるのだ。妻にわびたいという気持ちが湧いてくる。まあ、そんな気持ちが湧いたところで、どうしようもないわけだが。そして同時に、自分にはそんな資格などないとは知りながらも、その婚約者に激しい嫉妬を感じることになる。しかも、実はその婚約者が、自分を担当してくれている例のハンサムな相談員であったということを知ってしまう…。
と、まあ、こんな感じだ。みんなは、どう思うだろう。全ては渡辺さんの身から出た錆なのだが、1週間やそこらでは気持ちの整理などつかないだろうと思う。きっと自殺でもしたくなるんじゃないか。(と言っても、もう死んでいるわけだが…。)この映画では「死んだ後は、地獄も、天国もない」という設定になっているが、渡辺さんの気持ちを考えると、死んでからの1週間の彼の状況こそが、それこそ、地獄なのではないか。

5 Comments:
やっぱり自分の妻が自分との記憶より前の男との記憶を選んだことを知るとそれはかなり衝撃を受けるかも知れませんね。それで後悔してももう遅いというのが残念だと思います。。
いい構想ですね。先生の物語によって、渡辺さんの場合は地獄というと、仏教のような肉体の罰ではないが、精神の処罰ですね。もっと怖い~
面白いですね。渡辺さんの方向に行き込んだら、結局映画の雰囲気、テーマ、意味が全部変わってしまうでしょうね。
呂さんのコメントが私に思い出させてくれました。ジャン=ポール・サルトルの書いた「No Exit」(「出口なし」?と言ってちょっと笑いたくなりますね、重い劇だそうなのに)からの有名な引用文だが、「地獄というのは他の人だ」。
エントリーを読むを「ああ、なるほどね」と思ってしまった。渡辺さんの場合はあまり考えていなくて、先生の書いたことも考えていませんでした。
例の若い相談員が老いたら渡辺さんにならないわけではないかもしれないけど、あの爺さんっていやな人でしたね。
コメントを投稿
<< Home